郡上で生きるということ

「もう私、やっぱり戻ろうかなあって思ってる。別に郡上にいなくても郡上踊りを広めることは出来るし…」
「え…?!」

郡上踊りに魅入られて都市部から郡上に移住してきた若い女の子と話していた時の事です。
彼女の踊りの腕前は大したものでした。音楽の才能も人並外れていたと思います。
郡上踊りですが、ご存知のようにその魅力に取りつかれる人は数多いて、夏期のお祭り期間中に郡上に訪れるだけでは物足りず、踊りを生活の中心に据えたい、踊りのインストラクター的な存在になりたいといった理由で郡上に移住してしまう人もいるんですね。女の子の行動力もすごいと思いますが、ここまで人を虜にしてしまう「郡上踊り」とは一体何なのでしょうか。

しかし、ところが、その女の子が「やっぱ郡上に住むの止める」と言い始めるわけです。
これまた衝撃的な展開ですが、彼女の話を聞いていて内心「ああ、分かる!」と思ってしまいました。
その理由をズバリお伝えしておくと、それは郡上があまりにも、「あまりにも住み難いから」なのですね。
特に「女性」が一人で暮らしていこうとした時、郡上は決して暮らし易い場所ではないんです。

ただ、これは「郡上」固有の問題というより、「田舎一般」「地方一般」に「よくある問題だ」と言っても差し支えないとは思います。
田舎(地方)に移住して、悠々自適の暮らしを実現出来る人たちというのは実は非常に限られています。
「一般には」田舎(地方)は生活するのに不便で、暮らし難いものです。だから都市部に人口が流れるし、集中する…。ま、至極当然と言えば当然な話です。

彼女の場合、記念館などで郡上踊りを人に披露したり、教えたりする立場にはなれました。ま、ある意味「夢」は叶ったわけです。
しかし、それだけでは収入として不十分ですから、他にパートやアルバイト等をして生活費を稼ぐ必要があります。でも郡上は田舎だけあって、都市部と比べるとそもそも仕事が少ないですし、仮にあっても賃金が異常に低いんです。
この「賃金の低さ」っていうのは、おそらく郡上の人が思っている以上に、それは「想像以上に低い」です。もう「驚くほど低い」と言っていいです。しかも、その中でも「女子」ということになると、さらにさらに低くなるわけです。だいたい女子は扶養内で働くことが前提になってたりしてますしね。

労働賃金や待遇の男女格差が世間的に注目されるようになり、都市部では随分マシにはなってきたと思いますが、これが田舎(地方)になると如実に現れるんですね。ま、言ってみれば、田舎(地方)では「女は男とセットでいてるもんや」という前提で、「女性が一人で暮らしていく」という前提は成り立たないんです。

また別の知人ですが彼女はバツイチのシングルマザーでした。
男性目線だと見えにくいかもしれませんが、結婚して都市部へ移ったけど失敗したので戻って来た…という女性はけっこういるんですね。郡上に移住してから私は様々な場面で遭遇しました。若いシングルマザーもいれば、子供は手を離れたけど、結局姑さんとうまが合わず逃げてきたといういい歳をした女性まで、年齢層も幅広いです。「出戻り」と言っても色んな事情で、色んな女性がいるわけですね。

田舎に実家がある場合、戻って来れば子供を親に預けて自分は働くことに専念出来ますね。それはそれでいいことです。都市部では結婚に失敗した時どこにも行く場所がない女性もいることを考えると、「帰れる場所がある」というのは、それだけでも有り難いことです。
ところが、賃金があまりにも低いため、戻って来れたは良いにしても、やっぱり生活苦からは逃れられないわけです。

彼女は昼間は銀行系の受付業務をし、夜は遅くまでコンビニで働いていました。およそ有能な女性だったと思いますが、一日の大半を働いて、働いて、過ごしていました。毎日。休みなく…。です。
それでもきっと生活はカツカツだったろうなと思います。

一般的な事務職において要求される能力を考えた時、銀行系の受付業務が出来る女子というのは相当なものだと思うのですが、何が辛いって、田舎(地方)では、それがどんな職種であろうと女子の賃金はそんなに差がなく、おしなべて低いということです。

デザイナーであろうと、医療事務であろうと、経理であろうと、銀行の内勤であろうと、保険の営業であろうと、工場のラインに付いて日がな製品の検査に明け暮れていたとしても、コンビニやスーパーのレジ打ち、お惣菜を並べるパートであったとしても、女子の賃金は皆実に大して変わらないのです。ま、それが郡上だとまでは言いませんが、それが「田舎(地方)の現実」ですね。
どんなにスキルや能力があったとしても賃金に差がなく、とても低い。何を選んでも、…そもそも選べないのですが、仮に選べたとしても何も変わらない。それが田舎(地方)です。

郡上踊りの彼女の話に戻りますが、郡上の文化に憧れて自分で勉強して一定のスキルを身に着け、人に郡上の魅力を教えて広められるまでになったのに、その彼女が数カ月後には何も無理に郡上に住み続けなくてもいい、住みやすい都市部に移って自分はそこで郡上踊りを広めればいいじゃないかと考え始めるわけです。
どうですか? これ。すごくないですか? ものすごい人的資源の流出ですよね。
「郡上の未来」をイメージした時、彼女のような人はお金を出してでも郡上に留めておきたい人材のはずなんです。
でも現実はどうでしょうか。女性が一人で暮らしていけないんです、郡上では。

「移住者」と言うと昨今では起業する人や、クリエーターやクラフトマン、アーティストなど「モノづくり」でも第三次以降の知的集約産業に関わる人たちの活躍や存在感は目覚ましいものがあります。この人たちは自分で稼ぐ能力を持ってますし、テレワークやワーケーションも視野に入れると、生活の場は郡上にありながら取引先や所属する組織のオフィス、能力を発揮する場は郡上にはない…といった、つまり田舎(地方)であるがゆえに生じている郡上の雇用や需要の問題を予めパスしてしまうライフスタイルや働き方を身に着けている人たちなんですね。
しかし、移住者、Uターン、Iターンしてくる人たちの姿は多様であり、そういうキラキラした人たちばかりではない…ということも知って欲しいんですね。
キラキラがいけないわけでは決してありませんが、キラキラした人たちばかり見てると、逆に見えなくなる未来(世界)もあるんです。

私はたとえどんな事情があって、どんな目的であったとしても、郡上に訪れた人が皆安心して暮らしていけたらいいなと思っています。

ところで「人が安心して暮らしていけるまち」とは一体どんなまちでしょうか。
私にはそこで明確にひとつの基準があります。
それは「女性が一人でも安心して暮らしていけるようなまち」だということです。
なぜならば、「女性が一人でも安心して暮らしていける」ということは、雇用と賃金においてジェンダーギャップが低く、収入と物価が釣り合っている、そして治安が良いということを端的に実現していると言えるからです。

この地上のどこかに「女性が一人でも安心して暮らしていけるまち」があったとしたら、およそそこは誰にとっても楽に暮らしていけるまちではないでしょうか。そして、そんなまちに家族で来たとしたら?あるいは家族を作ったとしたら?
きっと、もっと楽に暮らせるはずです。
そういうまちにしないと、郡上にいくら魅力があったとしても、そこでいくら人が集まったとしても、「郡上に住もう」という人は増えていかないと思います。

私は夜のコンビニで働くシングルマザーの彼女を見かけた時、声がかけられませんでした。
郡上踊りを教えるのに何も郡上に住まなくてもいいと考えた彼女に私は共感せずにはいられませんでした。
何も儲けたいとは思っていない。フツーに暮らしていければいいだけなんだけど、そのフツーがいかに難しいか。
残念ながら、現在の郡上は「女性が一人でも安心して暮らしていけるまち」とはとても呼べません。

私は郡上をそんなまちにしたいのです。
本当に本当に心の底からそう思っています。
そのために力を尽くしたいと考えています。

※実は、移住者を対象にした助成金の制度も郡上にはあるのですが、ここに登場するような女性たちを救ってはくれないのです。起業家や実業家などキラキラした人たちも救ってくれませんが…w この制度自体が「移住者」を極めて限定しており、一部の人しかその対象にしないためです。この他、市の制度や条例には問題点がいくつかあります。でも、この話をすると話が広がり過ぎるのでまた別の機会にしたいと思います。

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郡上で生きるということ” に対して1件のコメントがあります。

  1. ogawa sakae より:

    貴方の言う事ごもっとも。郡上に来たいと思える政策してほしいですね!

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